若一王子神社

仁科の里の産土様…若一王子神社

仁科氏の祖である仁品王が当地に社を立てたのが起源である。その後仁品王とその后である妹耶姫が合祀され、その後に仁科氏を敬う人々により849年に創建されたと伝えられている。

鎌倉時代、西面の武士として都の上った仁科盛遠が熊野権現(熊野那智大社)の「若一王子」を勧請してより、若一王子の宮、若一王子権現と称されるようになる。

子ども流鏑馬と舞台(山車)がくり出す夏祭り

現在は7月末の金土日に行われる夏祭り。
以前は祇園祭と同じように7月14〜17日に行われていた。
稚児行列、子供流鏑馬、舞台と称される山車がでる。

子供流鏑馬は日本三大流鏑馬のひとつとして数えられている。

三日町から大黒町・九日町・六九町・白塩町・北原町・
上仲町・下仲町・南原町・仁科町の町内から
一騎ずつ、10騎が繰り出す。

流鏑馬に乗るのは大変名誉なことでした。
でも乗りたくても乗れるわけではなかった

年ごとに町内のまつりの運営に携わる
年番という家々の子どもから選ばれるのが習わしであった。
そして5歳位から小学3年生位までしか乗れなかった。
だから簡単には誰でも乗れるわけではなかった。

でも現在は子ども不足で年番どころか、
別の町内や市外の子どもを借りてきて乗せることもある。

木喰山居が寄進した三重塔のある神社

神社でありながら仏塔である三重塔が境内にある。

これは木喰僧であり作仏聖(さぶつひじり)である
木喰山居が三重塔の模型を台車に乗せ
大町の街中を引いて歩き寄進を募り、
1711年に建立されたものです。

木喰山居は小川村にある高山寺の三重塔も再建している。

山居は大町市内各所、安曇平の多くに仏像を遺している。