仁科三湖のひとつ青木湖に伝わる話

仁科三湖の一番北にある青木湖。
三湖のうち一番大きくて、一番深い湖でもあります。
その青木湖には以下のような伝承があります。

『青木湖の主は牛である事』

青木湖(平村)は周圍ニ里半もある凄い湖である。
昔は宮本神明宮(社村)の領地で
西山勘平が頂つてゐたと云はれ、
神明宮の祭の時には
たけ一尺もある赤魚を百五十尾漁り、
大町九日町の鍛冶屋で火を入れ二本のつとにさし、
其處から勘平は二本帶刀を許されて
宮いたり献上したものである。

青木湖の西岸に青木という小さな部落がある。
昔其處の或る百姓の家で
赤い牛を飼ってゐた所が美しい子牛を生んだ。
湖の東岸の加藏の百姓が所望して貰つていつた。
子牛は親に別れた悲しさに毎夜湖岸で泣いた。
青木の親牛はそれを聞きつけて、
或る月夜湖中に泳ぎだした。
然し力及ばず遂に湖中に沈んでしまつた。
それから青木湖の主は赤牛だと云はれてゐる。

一説には、信玄(?)が西山勘平の案内で
湖上舟遊した時、常に愛してゐた牛二頭が、
舟を逐つて湖中に入り一頭は遂に
行衞分からずなつたといふ、
その折信玄は何か唱へごとを云ひながら
湖の主となれと云つたともいい傅へられてゐる。

信濃教育会 北安部会編
『北安曇郡郷土誌稿、口碑伝説篇』第1連号第1冊による

神秘的な青木湖に伝わる不思議な伝承でした。
青木湖は深く水も冷たく基本的に遊泳禁止になっています。
親牛も力尽きてしまったのでしょうね。

古くから当地を治めていた仁科氏は
武田信玄に滅ぼされています。
ゆえに信玄が訪れていた可能性はあるかもしれません。

ちなみ仁科氏は古くからの名跡だった故か
信玄は自分の五男に仁科氏の名を継がしています。

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